一応、今回で最後となるコラムです。今回は、田中先生からのコラムとなります。(中尾)

最近まで近所の日用品店では.「本日マスク入荷無し」の立て札と,「入店時にはマスク着用お願い」の貼り紙が共存していて,何だか少し矛盾するように思えた[1].そもそも素朴な疑問として,

Q1 マスクはどの程度の有効なのだろうか?

今現在では,マスクの着用は「飛沫の飛散を抑える」上での有用性は認められている.一方で,マスクをしている本人の感染を防ぐという目的では,「あまり効果は期待できず無いよりマシな程度」というのが一般的な見解のようだ[2].マスクの品薄が始まった頃には,ウイルスのサイズ(0.1ミクロン)は通常のマスクのフィルターサイズ(おおよそ数十μmから0.1mm程度)に比べて桁違いに小さく,ウイルスを遮断できないので,咳をしない健康な人は無理にマスクをする意味はあまりない」と言う‘‘専門家”もいたように記憶している.でも,ウイルスやそれを含む飛沫は空気の流れに乗って口・鼻・目まで運ばれてくるわけだし,たとえ通常のマスクであっても空気の流れをある程度遮蔽するはずだから[3],ウイルスがマスクを素通りすることは無いように思える.そういう意味で「無いよりかはマシ」なのだろう.しかし,予防の観点からは,

Q1’ マスクはどの程度の自身の感染リスクを下げるのか?

ということも知りたくなる.もちろん,それはマスクの質や使い方に大きく依存する.我々一般人は,少し小さめの布製マスクを毎日洗濯して使うことで十分なのか,あるいは,少々無理をしても作りの良いマスクを入手すべきなのだろうか.

いきなり上のようなことを書いたのは,そこには,これから本格的に科学や工学を学んでいく人に認識してほしいと思う点が含まれているからだ.1つ目は,実際の研究や開発の現場で取り組むべき課題は,しばしば様々な要因や効果が絡んでおり問題の本質を捉えることが容易ではない,という点.マスクの効用評価(やより良いマスクの開発)は,布材のデザインの問題であるとともに,感染学の問題であり,また流体力学の問題[4]でもある.2つ目は, 問題が複雑で確定的なことが言えない場合は,確率的・統計的な物の見方が必要かつ有用という点である(cf. マスクの例ではQ1’の‘‘感染リスク’’という視点,あるいは,身近な例では降水確率).ただし,その確率の定義には何等かの曖昧さを含まざるを得ず,その解釈は決して自明ではない[5]

マスクの感染防止効果に関しては,つぎのような見解もある:「マスク着用時の呼吸の大部分は,マスクの縁と顔の隙間を通じてなされるので,マスク自体のフィルター効果だけを論じるのはあまり意味がない」.たしかに尤もらしい.ただし,そうであるならば,相当造りのしっかりしたマスクでも隙間からの浸入を防ぐことには限界があるように思える.将来的には,感染防止用のフルフェースヘルメットをかぶって電車通勤をするようになるのかもしれない[6]

このコラムからの課題

課題1:天気予報で使われる降水確率の定義(算出法)について調べよ.高校の数学で習った確率の定義に完全に合致するものか,あるいは,なんらかの概念的な修正が加えられているかについてもコメントせよ.

課題2:消毒用のエタノールは,エタノールと水が重量比でおおよそ7:3から8:2の割合で混合されている.このレシピが採用される理由をインターネット等で調べよ.また,その理由の説明は,現時点での自身の理科の知識に照らして,納得できるものか否かについてコメントせよ.

脚注

[1] 無論,そうならざるを得ない事情は理解できる.

[2] https://president.jp/articles/-/32931?page=2やhttps://kisetsuseikatsu.com/818.htmlおよびそこに参照されている厚労省の情報:例えばhttps://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/11/dl/s1120-8l.pdfなど.

[3] この流体力学的な遮蔽効果を実感するには,次のような簡単な実験をしてみる事を勧める.まず,口の前20㎝位の位置に手のひらをもってきて,フーッと息を吐いてみる.次に,口に前にティッシュペーパーを一枚で覆って(ペーパーがめくれ上がらないようにもう一方の手で固定して)もう一度息を吐いてみる.手のひらの感じる風圧はかなり違うはずだ.

[4] 最近の記事を参照:https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/新型コロナはエアロゾル感染するか-確定的な結論はまだないが-予防原則をもとに先見的対策を/ar-BB13b4sFあるいはhttps://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/042100252/

[5] 午後からの降水確率30%の日に,あなたは傘を持って出かけますか?

[6] いや,すでに開発がされているのだろう.https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-24180441-nksports-soci.実際に広く受け入れられるには,大きさやや重さに加え,色や形といったデザイン性も大事なはずだ.夏場の使用にむけ,冷却機構も必要かもしれない...