今回は、向井先生からのコラムになります。(中尾)

「ナノテクノロジー」は20世紀後半になってから出現したキーワードです。その一端を紐解いてみましょう

ナノとは接頭辞の一つで、十億分の一を意味する言葉であり、時間(ナノ秒)にも、重さ(ナノグラム、など)にも、体積(ナノリットル、など)にも、付けることができますが、ナノテクノロジーという場合、通常は長さ(ナノメートル)のことを意味しています。つまり、ナノメートルを扱うテクノロジーのことです。

「ナノメートル」は小さすぎて、そのイメージを正しく掴むことが難しいと思います。地球と一円玉の大きさの違いが、人間と1ナノメートルの大きさの違いにほぼ相当します。例えば大腸菌の大きさが約千ナノメートル、ミトコンドリアの大きさが約百ナノメートルです。図1に示した写真は、新型コロナウイルスを走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影したものです。この写真から分かるように、新型コロナウイルスは50ナノメートルくらいの大きさを持っています。ナノサイズの物体を観察するためには、電子顕微鏡が必要になります。

科学の進歩はまず見ることから始まります。見えないことには、ほとんどの人はその存在を信じられませんし、誰もその有意性に気づくことができません。ベルリン工科大学で最初の電子顕微鏡=透過型電子顕微鏡(TEM)が発明されたのは1931年ですから、20世紀になってしばらくしてから、やっとナノテクノロジーはその端緒についたわけです。

大体の形が見えたら、その次はその構造を調べたくなります。構造がわかれば、その仕組みを知ることもできるでしょう。例えば新型コロナウイルスの場合、ウイルス粒子を取り囲むようにして特徴的な王冠様突起が見えています。そうすると、これは何か知りたくなりますね。この部分はスパイク蛋白質と呼ばれるものですが、このタンパク質がヒト細胞上の受容体に結合することでウイルスがヒトの細胞質内へ侵入し、感染すると考えられているようです。このように科学は、まず見て、それから知ることへと進んでいきます。

ナノサイズの様々なものを見て、それらの様々な仕組みを知ることができるようになると、次はナノサイズのものを人工的に作るためのアイデアを生み出す段階に入ります。人工的なナノサイズのものを、皆さんはどの程度知っているでしょうか。ナノ材料として有名なものの一つは、カーボンナノチューブでしょう。コンピューターの内部のCPUに使われている集積回路の配線の太さもナノメートルです。ナノサイズのものを作製する技術は、これまで様々なものが発明されています[*]。図2は人工的に作製した半導体微結晶、量子ドットの電子顕微鏡写真です。コロナウイルスよりずっと小さいこれらの微結晶は、量子コンピュータや超高効率太陽電池などを実現するナノ材料として期待されています。量子ドットを作製する有効な方法としては、原料気体から結晶成長させる方法や溶媒中で化学反応をさせる方法など、いわゆるボトムアップ型の製造方法が開発されています。今後更にナノテクノロジーが開発されれば、SFの世界のようにナノサイズのロボット(ナノマシン)で病気の治療を行ったりできるようになるかもしれません。既に2017年には、全長百ナノメートルのコースで競うナノカーレースが開催されました。これからどのような技術の発展・展開が実現するかは、若い人たちの手に託されています。

ナノテクノロジーが実現するためには、20世紀まで待たなければなりませんでした。物質をナノメートルのスケールにおいて自在に制御する技術は、21世紀のこれから更に新しいアイデアが発見・実現されて、人類の生活をより豊かにしてゆくと期待できるでしょう。

 

[このコラムからの課題]

「ナノサイズのものを作製する様々な技術」を調査し、それらの中で特に自分が興味を惹かれた技術を一つ選んで、選んだ理由、技術の内容、今後の技術開発の方向性、将来の可能性に対する自分の意見、を報告せよ。